僕は古本を知らない

古本や本全般についてのブログです

    

 

                 神楽坂一箱古本市レポート

 

3月11日(土)・12日(日)に神楽坂ブック倶楽部主催の一箱古本市が開かれました。一箱古本市レポートシリーズの第1弾として、報告したいと思います。神楽坂の地で初めて開かれる一箱古本市ということで、一箱古本市をよく知らない人でも読めるような文章にするつもりです。

 

神楽坂といえば、東京でも屈指の坂と路地の情趣あふれるまちであり、文学や文学者と関わりが深く、新潮社もあり本との親和性が高いイメージですが、実は定期的なブックイベントはなかったとのことです。

 

神楽坂が本との親和性が高いのも当たり前で、無料冊子の「神楽坂ブック俱楽部文芸地図」を開いてみますと、石川啄木泉鏡花、内田百閒、江戸川乱歩尾崎紅葉北原白秋島崎藤村田山花袋徳田秋声永井荷風、半井桃水、樋口一葉夏目漱石正宗白鳥などなどが神楽坂のまちとなんらかの縁を結び、多数の出版関係会社が神楽坂に位置しているそうです。これだけでも、本好き、文学好きにはたまらないものがあるまちといえましょう。

 

この神楽坂一箱古本市の成り立ちですが、新潮社の社員の方々と神楽坂おかみさん会、「かもめブックス」などの神楽坂の店舗や在住・在勤の方たちによって成る「神楽坂ブック倶楽部」が今年、神楽坂でブックイベントを起こし、その企画の一部として開催されました。つまり、一箱古本市だけが開かれたわけではないのですね。ほかに、都営大江戸線牛込神楽坂近くにある「日本出版クラブ会館」で「第2回本のフェス」(12日のみ)、一箱古本市の出店場所のひとつでもある「五感肆パレアナ」で「新潮社の装幀」展が開かれていました。

 

それでは、僕が一出店者として見た神楽坂一箱古本市当日の様子をレポートしたいと思います。なお、11日は一箱古本市には参加せず、客としても行っていないので、12日だけの内容となっています。

 

神楽坂に到着したのが集合時間ぎりぎりの10時でした。僕の出店場所は毘沙門天善國寺で、集合場所もそこでした。着いたときは担当者の方の説明が始まっていました。担当者の方に名前を告げ、参加費1500円を支払いました。それから、主催者側が用意した、本を入れるためのワイン箱を選ぶことになりました。大きい箱ひとつか、小さい箱ふたつのどちらかを選ぶ形でした。

 

一箱古本市というイベントは、基本的にひとつの箱を用意し、そこに本を入れて売るという形式になっています。箱は何でもよく、段ボール箱でも木箱でもプラスチックの衣装ケースでも折り畳み箱でもバスケットケースでも旅行鞄でも子供のおもちゃ箱でもつづらでもいいわけです。

 

ほかの一箱古本市では出店者自身が箱を持っていくのがふつうなので、あらかじめ用意されているというのは、一箱店主デビューから4年目になる僕にとって初めての経験で、新鮮でした。大きい箱ひとつを選んだのですが、段ボールよりも大きいワイン箱で、見た瞬間にこれは使える! と心の中で快哉を叫んだものです。

 

簡単な説明が終わり、担当の方の案内でそれぞれの店主さんたちが自分の出店場所に向かっていきました。僕は毘沙門天出店なので、そのまま自分の場所を選ぶことになりました。

 

僕の屋号である「新・たま屋」以外の出店者さんは、「神楽坂おかみさん会」さん、「くにまるJAPAN」さん、「ななみやたかちん」さん、「モリタヤ」さん、「やなぎはらの本棚さん」でした。そして、一箱店主ではなく、プロの古本屋のグループである「わめぞ」(早稲田、目白、雑司ヶ谷の頭文字をとった名前です)の方々もミニ古本市を開催していました。

 

みちくさ市にはよく出店しているので、わめぞの方々とは顔見知りになります。ななみやたかちんさんとは2年前の不忍一箱古本市で同じ出店場所になり、その後みちくさ市でもあいさつしたことがあります。他の方々とはおそらく初対面でした。

 

わめぞの方々は第1日目も奥の場所で出店していたのですでに準備が完了しており、上記の一箱店主たちで場所取りになりました。門側に3か所、それと対面する奥側に3か所。一箱古本市の元祖である不忍一箱古本市では、ここでジャンケンをして場所を決定するのですが、今回は早い者勝ち的な形でそれぞれが場所を選ぶことになりました。

 

僕は箱の設置場所にはこだわらない方だったので、絵馬やおみくじが結んである奥の方に陣取りました。新・たま屋から見て左隣が神楽坂おかみさん会さん、僕の後ろ奥の引っ込んだところにくにまるJAPANさん。門の側に箱を設置した店主さんたちは、僕の側から見て左からやなぎはらの本棚さん、ななみやたかちんさん、モリタヤさんでした。わめぞグループは僕から見て左側の奥の方で大量の本を設置していました。

 

準備段階でとなりの神楽坂おかみさん会のTさんとおしゃべりしました。この方、とても楽しい方で、色々お話しさせていただきました。今回一番よかったことのひとつですね。

 

本の販売は11時からでしたが、それ以前に準備が完了し、徐々にお客さんが訪れてきました。販売開始前ですが、売り始めてもいいということで、販売開始。早い時間帯に知り合いの一箱店主さんが3人ほど来て、それぞれに本を買っていただきました。さらに、となりのTさんにも一箱古本市にしては高めの本を購入していただき、幸先よかったです。

 

一箱古本市開催時間の11時以降は人も多く訪れ、毘沙門天はにぎわっていました。しかし、新・たま屋はなかなか売れなくなりました。どうも奥まった場所と、日陰で日当たりがほとんどなくて寒いことが原因らしく、門の側の店には人が見に行くのに、こちらの方にはなかなか訪れませんでした。僕もそれなりに一箱古本市の出店回数はあるほうで、いままでの経験上出店場所は売り上げにあまり関係ないと思っていたのですが、今回は場所や動線を意識せざるをえませんでした。

 

なかなか人がこちらまで見に来ないので、14時ぐらいに向かいの門側に移動しました。最初は僕の箱よりも奥まったところにいたくにまるJAPANさんはもっと前に移動していたので、そのとなりになりました。反対側の端がやなぎはらの本棚さんですね。ほんの数メートルほどの違いなのに、さっきいたところよりも門の方が断然温かい! 太陽の熱に優しく包まれました。場所を移動したら、新・たま屋の箱にも人が訪れだし、本も売れていきました。こういうことは4年間出店していて初めての経験でしたね。今回、単価が高い本を多めにしたので、最終的な売り上げもよかったです。

 

新・たま屋の販売時間はそんな様子でした。他の店主さんの話をすると、先ほども書いたように、神楽坂おかみさん会のTさんとのお話が楽しかったです。この方、神楽坂のおかみさんではないのですが、おかみさん会には入っていて、神楽坂のまちに関するNPO法人にも所属しているそうです。雰囲気がどことなく池袋にある僕の行きつけの古本屋の店主に似ている印象でした。

 

おかみさん会の箱はけっこうユニークで、昭和の昔に出版されたとおぼしい明治大正関係のお堅い全八巻の黒っぽい本を並べているかと思いきや、手に取りやすい本を雑多に並べていたり、八巻本が全部売れて本が足りなくなったらおかみさん会の別の人が本を持ってきて、その中になぜか由美かおるのヌードありの写真集が混ざっていたり・・・。なんとも形容しがたい本の並びで、一箱古本市マニアとしては非常におもしろかったです。

 

僕は一箱マニアなので、今回やなぎはらの本棚さんの箱を見られたのも収穫でした。最初に文庫だけをどかっと出し、1回10冊までの○冊○円という値段を冊数ごとに細かく設定、そして文庫が売れ切れてきたら今度は蔵出し的に良質な単行本を投入するという鮮やかな流れに、思わず目を見張ってしまいました。しかも単行本のチョイスがまた絶妙でした。こんな店主さんがまだいたのかと。一箱古本市の世界は広いものです。

 

やなぎはらの本棚さんからは、「一万人の東京無宿 山谷ドヤ街」(神崎清/時事通信社)という本を、出店場所が同じ店主割引にて500円で購入しました。他に、わめぞからも「蔵六の奇病」(日野日出志/リイド文庫)を買っていました。いつもはもっと本を買うのですが、今回はあちこち回れなかったので、やや少なめでした。とはいえ、店主同士で本を買うのも、一箱古本市の楽しさの一つです。

 

16時になり販売時間終了。片づけをして、売上冊数と金額を担当の方に伝え、毘沙門天を出ました。18時からの打ち上げに参加する店主さんは、同日に開催されていた「本のフェス」に行った人が多かったようですが、僕は印刷してきた出店地図を見ながら神楽坂歩きをしていました。他の出店場所がどんな様子か気になったからです。久しぶりに神楽坂の路地を歩いていると、路地師(©タモリ)の血が騒ぎました。やはり神楽坂はいいですね。路地の奥まった場所も出店場所になっていたようです。寒さ対策と呼び込みさえきちんと行われるのなら、路地の中の古本販売は非常に魅力的だと思います。あとはどうやってお客さんを路地の奥まで誘導するかでしょうね。

 

出店場所のチェックを終え、坂の上まで着いたら、東西線神楽坂駅の側にある「かもめブックス」に入りました。実はこの店、現在刊行中の『水木しげる漫画大全集』刊行記念トークイベント『バオーンの夕べ』の番外編的『第3回パオーンの夕べ』が去年の11月30日、つまり水木しげる先生の1周忌の夜に開かれた場所なのです! このイベント、京極夏彦さんをはじめ、全集編集委員の方々が水木作品の凄さを語りつくすという内容で、『水木原理主義者』を名乗っている僕としては是が非でも行きたいイベントだったのですが、うっかり開催情報を見逃していて、気づいたときにはもう満席になっていたという、苦過ぎる思い出がある店なのです。

 

なので去年から、せめてどんな店か見てみたいと思っていました。入ってみたら、カフェスペースを大きくとった清潔感のある店内と、見ごたえのある書棚を設置した、とてもよい書店でした。外の席で移動時間などに読もうと思って持ってきた、一箱古本市専門雑誌「ヒトハコ」創刊号を読みながら、カフェラテを飲みました。お店に関しては苦い思い出がありますが、カフェラテは甘くておいしかったです。

 

一見すると、神楽坂一箱古本市とは直接は全く何らの関係もなさそうな水木しげる関連の文章が不必要に長く続いていますが、実は水木しげると神楽坂には縁があるようです。というのも、初めの方で紹介した「神楽坂ブック倶楽部文芸地図」によりますと、今回の出店場所のひとつでもある「赤城神社」は、水木しげるが「ゲゲゲの鬼太郎」のヒットを祈願した場所だそうです。これは僕も知りませんでした。かもめブックスでイベントが開かれたのも、そのことと関係があるのかもしれません。

 

話を戻すと、その後新潮社地下社員食堂に移動し、打ち上げに参加しました。一箱古本市常連の店主さんと、ほかの一箱市ではあまり見かけない店主さんが混じる、くつろいだ雰囲気の打ち上げでした。一箱古本市の発案者である、南陀楼綾繁さんも参加していました。

 

出版社の社員というと、なんとなく堅そうなイメージがあったのですが、新潮社の社員さんたちはみな、フレンドリーでした。各賞の発表時には、今年のアカデミー作品賞発表時的な珍事(?)が起こり、それに対して常連店主さんがツッコミを入れるという、1回目にして早くも馴染んだ風景が見られ、来年も開催されるという神楽坂一箱古本市の明るい未来が見えたようでした。打ち上げは3月12日だけでしたが、11日に出店した店主さんもこのためにもう1度神楽坂に来る意義がある、とても楽しげな空気のまま終了しました。

 

そうそう、一箱古本市の前半に僕ととなりあっていた神楽坂おかみさん会のTさんですが、本来は郷土史家で、神楽坂ブック倶楽部文芸地図の監修もしており、この地域の歴史について調べているとのことでした。だからシブい本(©坪内祐三)や歴史関係の本が箱に並んでいたのだなと、得心しました。一箱古本市は多士済々ですね。

 

だいぶ長くなりましたが、以上で神楽坂一箱古本市(2日目)のレポートは終わりです。東京有数のまち歩きスポットである神楽坂が舞台となり、大手出版社が主催に関わっているという、一箱古本市の世界にまた新たな風を吹き込むに違いない、これからの展開が楽しみな本のイベントが誕生しました。東京の一箱古本市店主の間には、初めて出店した一箱古本市はどこかという話題になったとき、東京最大規模の「不忍一箱デビュー」とか、わめぞ主催の「みちくさ市デビュー」とかいう言い方があるのですが、今後は「神楽坂一箱デビュー」という人が増えそうです。

だいぶ長くなりましたが、以上で神楽坂一箱古本市(2日目)のレポートは終わりです。東京有数のまち歩きスポットである神楽坂が舞台となり、大手出版社が主催に関わっているという、一箱古本市の世界にまた新たな風を吹き込むに違いない、これからの展開が楽しみな本のイベントが誕生しました。東京の一箱古本市店主の間には、初めて出店した一箱古本市はどこかという話題になったとき、東京最大規模の「不忍一箱デビュー」とか、わめぞ主催の「みちくさ市デビュー」とかいう言い方があるのですが、今後は「神楽坂一箱デビュー」という人が増えそうです。